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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)71号 判決 1997年11月11日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

第一  請求原因一(特許庁における手続の経緯)及び二(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第二  そこで、原告主張の審決取消事由の当否を判断する。

一  原告は、審決の「「やんばる/山原」のすべてが必ずしも秘境ではない」旨の認定に対し、「やんばる」あるいは「山原」は沖縄本島北東部の脊梁に連なる山岳地帯の地理的名称であって、一般に「秘境」と認識されており、都市部あるいは海岸平野部が「やんばる」あるいは「山原」に所在するというのは誤りである旨主張する。

検討するに、成立に争いのない乙第二号証によれば、新村出編「広辞苑 第四版」(株式会社岩波書店平成三年一一月一五日発行)の二五九八頁には、「やんばる〔山原〕沖縄県、本島北部一帯の通称。(中略)国頭(くにがみ)地方」と記載され、同じく乙第三号証によれば、三省堂編集所編「コンサイス日本地名事典 第三版」(株式会社三省堂平成元年一二月一五日発行)の四二六頁には、「くにがみ 国頭 沖縄県名護(なご)市以北、沖縄島北半の山岳地方の総称」と記載され、同じく乙第四号証によれば、上記「コンサイス日本地名事典 第三版」の八七七頁には、「名護市沖縄島西岸北部の中心都市」と記載されていることが認められる。また、成立に争いのない乙第五号証によれば、あるっく社編集部編「歩く地図S 二五沖縄・南西諸島」「株式会社山と渓谷社平成九年三月改定第三版発行)の六四頁ないし七三頁には、名護市周辺の幾つかの観光地の紹介が掲載されていることが認められる。

以上によれば、「やんばる」あるいは「山原」が、少なくとも本件審決時においては、名護市及びその周辺の著名な観光地を含む沖縄本島北部の通称である旨の被告の主張は、正当として肯認し得るというべきである。現に、

a  乙第七号証は、北部広域市町村圏事務組合平成八年三月発行の「沖縄本島北部やんばる観光Hand book」と題する観光パンフレットであって、「このハンドブックでは「やんばる」(北部広域市町村圏)を五つのエリアに分けて紹介しています。」(五頁)と記載され、目次(四頁、五頁)には「西海岸エリア 恩納村・名護市の一部」、「東海岸エリア 金武町・宜野座村」、「やんばる拠点エリア 名護市・本部町・今帰仁村」、「山の共生エリア 東村・大宜味村・国頭村」、「島の共生エリア 伊江村・伊是名村・伊平屋村」と記載され、かつ、「やんばる全体地図 やんばるMAP」(四二頁、四三頁)には石川市以北の地域が図示されていること

b  乙第八号証は、「やんばる物産センター」と題する道路交通パンフレットであって(発行時は不明)、「やんばる路」、「本島北部「やんばる」にある一二の市町村」、「名護市は、本島北部「やんばる」の中心地」と記載され、名護市・本部町・恩納村・金武町・東村・大宜味村・今帰仁村・宜野座村・国頭村・伊是名村・伊平屋村・伊江村の物産等が紹介されており、かつ、石川市以北の地域が図示されている地図には「やんばる物産センター」が名護市の南部に所在することが記載されていること

c  乙第九号証は、名護社会保険事務所・北部地区市町村平成九年六月発行の「ねんきんやんばる」と題する広報紙であって、「六月のやんばるの行事」として上記一二市町村の行事が記載されていること

d  乙第一〇号証は、平成八年一一月八日ないし一〇日に行われた「TOUR DE OKINAWA」の募集要項(ツール・ド・おきなわ実行委員会発行)であって、「やんばる地域紹介」として前記一二市町村の特徴等が記載されていること

e  乙第一一号証は、沖縄県北部酒造組合発行の「やんばるの泡盛勢揃い」と題する宣伝用パンフレットであって(発行時は不明)、金武町・恩納村・名護市・本部町・今帰仁村・大宜味村・伊是名村・伊平屋村所在の酒造所製造の「あわもり」が紹介されていること

f  乙第一二号証は、名護市商工会平成七年発行の「ちゅらまち・名護の物産と観光ガイド」と題する観光パンフレットであって、その「民芸・工芸品」宣伝の頁に「やんばる(名護)の良水が育んだ沖縄の銘酒(中略)古酒泡盛」と記載されていること

が認められる(以上の乙号各証は、その体裁及び記載内容から、いずれも真正に成立したものと認めることができる。なお、発行時が不明の文書もあるが、その記載内容からみて、少なくとも本件審決時における事実関係を示すものと考えることに妨げはない。)。

したがって、本件審決時において、「やんばる」が名護市を含む沖縄本島北部の通称として広く使用されていることは疑いの余地がないところであるから、たとえ「やんばる」あるいは「山原」が、正確には原告主張のように沖縄本島北東部の脊梁に連なる山岳地帯の地理的名称であるとしても、「「やんばる/山原」のすべてが必ずしも秘境ではない」とした審決の前記認定を誤りとすることはできない。

二  原告は、「あわもり」の製造・販売が「やんばる」あるいは「山原」において行われている事実は全くない旨主張する。

原告のこの主張は、「やんばる」あるいは「山原」が沖縄本島北東部の脊梁に連なる山岳地帯の地理的名称であることを前提とするものであるが、本件審決時においてはこの前提を採り得ないことは前記のとおりである。

そして、前記1e・fによれば、名護市を含む沖縄本島北部において「あわもり」の製造・販売が広く行われていることは十分に推認し得るところである。のみならず、前掲乙第五号証によれば、「歩く地図S 二五沖縄・南西諸島」の六五頁には「オリオンビール名護工場(中略)沖縄唯一のビール工場」と記載されていることが認められ、また、成立に争いのない乙第六号証によれば、株式会社講談社昭和六〇年発行「日本の名酒事典」の三七二頁には沖縄県国頭郡及び名護市所在の五箇所の酒造所が製造する「焼酎乙類」の紹介が記載されていることが認められる。したがって、「「やんばる(山原)においても「あわもり」の製造・販売が行われている」とする審決の認定も誤りとすることはできない。

三  以上のとおり、「やんばる」が名護市を含む沖縄本島北部の通称として広く使用されており、かつ、この地域において焼酎を含む酒類の製造・販売が広く行われていると認められる以上、「本願商標は、これをその指定商品に使用するときは、該商品の産地・販売地を表したにすぎないもの」とする審決の判断は、正当として肯認し得るものである。

この点について、原告は、「やんばる」、「山原」あるいは「ヤンバル」の文字からなる標章が商標登録されている事例を挙げて、これらの標章は商品の産地あるいは販売地を表示するものではない旨主張する。しかしながら、原告主張の事例が指定商品において本願商標と異なることは明らかであるし、商標登録をすべきものと決定された時が本願商標と異なることも当然であるから、原告主張の事例をもって、本件審決が誤っていることの論拠とすることはできないというべきである。

また、原告は、「白神山地」あるいは「屋久島」の例を挙げて、広く「秘境」と認識されている地名は商品の産地あるいは販売地の表示にはならない旨主張する。しかしながら、本件審決時において「やんばる」あるいは「山原」が必ずしも「秘境」と認識されていないことは前記のとおりであるから、原告の上記主張は前提において当たらない。

四  なお、原告は、本出願の当否判断の基準時を査定時または審決時とすることは許されず、登録出願の時とすべきである旨主張する。

しかしながら、行政処分の当否は、商標法四条三項のような特別の規定が存しない限り、当該行政処分がなされる時を基準として判断されるべきことは当然であって、原告の上記主張は失当である。この点について、原告は、本出願の当否判断の基準時を査定時または審決時とすると、審査または審判手続の遅延による不利益を原告にのみ負わせることになることをその主張の論拠とするが、これは現行法の解釈を越える主張であって、採用することはできない(なお、本件全証拠を検討しても、本出願時の前後において「やんばる」あるいは「山原」の通称が用いられる地域の範囲に変化があったとは認められないし、同地方において昭和一四年ころから焼酎乙類の製造販売が行われていたことは前掲乙第六号証の記載から明らかであるから、本出願時を判断基準時としないからといって、出願人である原告に格別の不利益を負わせることにならない。)。

五  以上のとおりであるから、本願商標は当該指定商品の産地・販売地を表したものにすぎず、商標法三条一項三号に該当するとした審決の認定判断は正当であって、審決には原告主張のような誤りは存しない。

第三  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田 稔 裁判官 春日民雄 裁判官 持本健司)

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